2017年02月25日

1992年

本日は二本立て。

まずは木曜に続いて、今日も友達とおしゃべりできて満足な一日。


お嬢さんのピアノの振替レッスンがおわったあと、
急遽きまり、マメちゃん宅へ。

夕方からお邪魔させてもらい、しばしおしゃべりタイム。


安定のソラマメコンビでございました。いいねえ。
小学校は違えど、あなたたちの仲の良さは 本当になんだか、ほっとします。母は。


そして 男チームもベイブレードで大盛り上がり。

よかったのう。


そして、タイトルネタ。


1992年、ワタクシは大学一年生でありました。

今日、おおままちゃんからDVDを借りてきた。

それは、いとこが編集してくれた 過去の映像集。


いとこのおうちは 昔は「進んだおうち」で
8ミリで撮影した動画がたくさんあった。
そんな、ものすごーく古い時代の画像から

今はもう他界してしまったおおままのお父さんと、お母さんの
金婚式のお祝いの様子が入っていた。


1992年。結婚50周年をお祝いする食事会で
祖父母は にこやかに座の中心にいた。

そこへ、今はもう立派に老けた 自分たちやいとこたちが
ピチピチの高校生だったり、小学生だったり。

いちこは大学一年生で、姉はバブルも終わりの社会人でそこに映っていた。


他、姉が成人式のお支度をして 祖父母の元に挨拶にいっている様子や
幼稚園や小学校時代の、ソファーの上で飛び跳ねて叱られる様子など

いやー。
泣ける。
泣けたわー。

亡くなってしまった伯父伯母などもうつっていたりして

映し出された瞬間に涙。声をひろっていれば また涙。

祖父の、元気だったころ、年をとっていく経過が映し出されていて


孫のワタシがこれだけ涙だったら、実の娘であるおおままちゃんは
この映像をみて 大丈夫だったろうか。泣けて泣けて たまらなかっただろうなあと


でも、映像の中で 元気な祖父に会えて
よかっただろうな、と



いちこはアナログ人間なので、実はあまり子供たちの成長記録を
映像では残していない。

動画はほとんどないのだ。写真ばかり。

その写真も、最近ではかなり適当。


そのかわり、自分にはこの記録が。12年分の毎日があるけれど

とてもじゃないけれど、本人たちには見せられないし。


そうそう ねんじゅう映像を見返すわけではないから

それに、記録メディアなんて 結局どれも永遠ではないから


心の中にあればいいのだ、なんて思っていたけれど

でも

場所の記憶はあれど、写真をみて思い出す記憶もあれど


その金婚式の食事会の記憶なんて これっぽっちもなかったことに驚いている。


自分が、どんな服をきて、東京から地元に駆けつけてその会合に参加したのか
それがどこのホテルのレストランだったのか
え、こんな服、バッグ、もっていたっけ、とか


とにかく記憶がなかったことに


そうだよね そういうものだよね
19歳のその日を切り取った写真があれば 少しは覚え続けていただろうけれど


19歳の秋といったら
運転免許をとってすぐの夏休み明けであり
大学時代の友人たちとの思い出は鮮明だけれど

9月のとある土曜日に 地元に帰ってきて食事会に参加したことなどは

すっぽり抜け落ちているのであった。


それにしても金婚式か。

おおままとオヤジは 今年が47周年だったよう。


3年後、お祝いしてあげようかな。
でも仲悪いしなー(^_^;)

食事も 糖尿でだめだし
旅行なんていかないだろうし

何か別の方向で お祝いしてあげよう、と思ったいちこでございました。


とはいえ、今日この日の この気持ちも
ここを読み返せば思い出しても

忘れてしまうのが人間なんでしょうね~



オチとしては
あまりの映像の古さに、坊ちゃんがこわがり

さらに、「これ19才のお母さんだよ、小学生のお母さんだよ」というなり

「かわいくない。オレ、今のお母さんのほうがすき」といって

母を笑わせたのでありました。


自分の知らない母がそこにあったことが、いやだったのねー。
 

m1k2jakmkkm at 22:07│Comments(0)

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